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ミニマリスト漫画は「孤高の人」?俺なら「岳」を勧めたいの巻

実はこれ2週間以上前に書き終えいたものですが、色々と考えることも多くお蔵入りしていた記事でした。

俺は社会や世間から隔絶された生き方をミニマリストと呼ぶのか以前から疑問に思っていて、「孤高の人」がミニマリストの漫画と評価されているのがどうしても理解できませんでした。

アウトドアや登山の装備は確かにミニマムですが、それはフィールドで生存するための最小であって実生活では無用や使いにくいものも多いです。

そういった理解が乏しいまま、以下の森君の部屋の画像や厭世的なキャラだけが先行して実態以上にミニマリスト漫画とされているのが気になりすぎて書きました。

厭世からくる山への情熱、社会の俗悪さと美しい自然の比較、人間の存在の矮小さを見事に描き出している。最近の漫画らしい社会常識への批判、人の内面の描写は作者の画力もあいまって1度読んだら忘れられない名作に間違いはない。

是非読んで欲しいオススメ漫画だ。

しかし、「孤高の人」より俺はみんなにもっと「岳」を読んでもらいたい。

 

「孤高の人」は心構えの為に

「孤高の人」は主人公の社会と孤独のとの葛藤を常に描いてきました。

彼は孤独でありたい自分と孤独では生きられない自分がせめぎ合い、身体が分裂する表現が何度か描かれます。

そして最終局面で彼は自分の生きる道に気づきます。この漫画の最終話は作中で一番好きです。

今の生活への物足りなさや失望感、高みを目指すときの高揚感、その後の虚無感、再び自分を取り戻すというサクセスストーリーを理解して読めば「孤高の人」はミニマリストに「なりたい」人にとって良い漫画でしょう。

でも、単純に俗悪な社会に抵抗して、山に全てをかける森君ステキって思う人は教本として使用するべきではないような気がします

 

「岳」の主人公は人と山の両方を生きている

同じ山岳漫画でも「岳」は毛色が違う。しかし生活様式はどちらも山。

だが、人間としては正反対で漫画であるが故のそこ抜けた懐の深さ、救助した人にまた山に来るよう励ましたり、再び山登り出来るようになった事を我がことのように喜んだりする人物だ。

彼は人や社会から逃げていない。むしろ下界の人からくる理不尽な批判や暴力にも登山家としての真っ向から受け止めている。時折見せる冷徹な判断はシビアな世界を生きる人物としてキャラに重みを与えてる。

作中でもいわれるが山のような人物だ。

ミニマリストって物質的にはいつか限界を迎える。そうなると次に何をするべきかを考える段階がやってくると思う。

そういう意味で「岳」の三歩はその向こうにいる人物のような気がする。

個人的には森君よりもずっと高い次元に三歩がいる。

もし「*アウトドア・登山スタイル」に最小限主義を見出すのであれば変な寄り道をしない三歩スタイルを真似るべきだと考えています。

*俺は否定的立場

 

まとめ

両作品とも作品としての優劣はつけがたい。この作品のどっちかしか読むな、と言う方がおかしい。

この生き辛い社会、孤高の人のメッセージに共感する人が多いかもしれない。反対に岳は手あかのついた理想論に見えるかもしれないけど、目指すなら理想を目指してみたい。

「孤高の人」の最終回の森君の表情は、自分も周囲を受けいれ、その辛さを背負っていく覚悟を決めた表情だと解釈している。とすれば、その先にあるのが「岳」の三歩のどちらも受け入れた生き方なのかもしれない。