ミニマリストがこじれると陥りがちな思考。でもそれって何か違くない?

最近ミニマリズムに関係する記事が書けてなかったので、久しぶりのエントリー。

いろいろなブログが増えてきて、多様な考え方が活発に発信されてるようになってきたのを見ると感慨深いのですね。っていうとなんか自分がお高いところから俯瞰しているように取られていまいかねませんが。

で、観測可能なブログを見ていると、みんながミニマリストとして「重要視」している項目で「間違ってはいないけど、何かが違う」と感じることがいくつかある。

断捨離歴4年くらいの自分が経験して、こじれているなあ、と感じることをピックアップしていきたいと思います。お前が言うな!って記事を昔書いててもそれは過去の出来事として目をつぶってください。

ミニマリストが開放されるべきあり方

物を厳選して低ストレス生活

ノイズになるものを排除して、お気に入りのものだけ持てば低ストレス。

確かに小さなストレスも積み重なれば大きなストレスになるのは事実だが、100均ハサミのストレスでハゲになった人を見たことがない。

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出典:平成20年版国民生活白書

こちらのグラフは国民のストレス原因です。

生活ストレスを下げたいのであれば根底的なストレスを低減する手段を講じたほうがよっぽど効果が高い。ハサミの使い心地よりも人間関係のチェック、ペンの書き心地よりも収入アップのためのアクション。

このストレス社会、せめて持ち物だけでも自分の理想の姿にしたい気持ちはミニマリストとして十分理解していますが、解決が面倒なストレスを後回しにして、足元に落ちている小さなストレスをプチプチ潰すことにばかりに執着していませんか?

物質社会へのディスリスペクト

節約や無欲を否定してるわけじゃないですよ。断捨離して無駄な出資を減らして貯金をすることは素晴らしいことです。断捨離系ブログで節約はメインコンテンツの一つですし、物欲が減れば当然出費が減るので親和性は高いと思います。

物欲が減ると物への価値や執着が薄れてくるので、ドンキやLoft、コンビニのような雑貨店に価値が見出せなくなってきます。

しかしそれが、資本主義や消費社会へのディスリスペクトに変化するとヤバイ。ミニマリストは大量消費社会っていう豊かな資源に生かされている。この環境がこれからも維持されることを願いこそすれ、見下す道理はない。

ミニマリズムの特別視

断捨離して今日も素敵な1日。悪い言葉じゃないけど、それを言い始めたら自分のブログやTwitterで特別な自分を演じ続けなくてはいけない。

「私は幸福、捨てて身軽になった」は確証バイアスかもしれません。

持っていても持っていなくても気持ちの持ち方一つで幸せになれます。ミニマリストは特別な自分を演出する邪気眼設定ではなく、常に実生活と隣り合った目標達成への現実的な手法です。

捨てて余ったスペースをどうするのか?余った時間を何に使うのか?自分はミニマリズムを何に変換させたいのか?考えておかないと、根拠もないのに特別な存在と錯覚した痛い人になるかもしれませんよ。

まとめ

逃げ道を作っておくと、「人それぞれ」だと俺も思います。

ただ、それを傘に着た人からのリジェクトに怯えて思ってることも言えない監視社会は息苦しい。何か思っていても、空気読んで何も言わないのが大人なら、子供でいいや。

▼私のミニマリストに関する考えの集大成です▼ ミニマリスト生活がもたらす5つの弊害