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見所満載!呉「大和ミュージアム」/戦艦大和と戦後経済の意外な関係性

美しい戦艦の悲しい歴史

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家族サービスも兼ねて、近代日本史においても重要な地域である広島は呉まで旅行してきました。

お目当はもちろん、1/10戦艦大和の模型で有名な「大和ミュージアム」。世界三大長物の1つとして数えられる不遇の戦艦ですが、戦後の日本経済発展の大きな基礎になった船でもあるのです。そんな大和を眺めつつ、海とともに歩んだ近代日本の歴史をじっくりと学んできました。

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大和ミュージアム

呉駅間近、呉港を臨む大和ミュージアム。

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ミュージアム駐車場から少し歩くと、戦艦大和の甲板の大きさを再現したデッキがお出迎えしてくれます。大和級戦艦の前方甲板左面を1/1サイズで再現しているデッキは、主砲の大きさや各種兵装の位置をタイルで色分けすることでその巨大さをリアルに体験することができます。

写真手前が副砲、中央の円が主砲部分です。ベンチに腰掛けている人を比較すると、その大きさが分かるかと思います。

博物館脇に海軍ゆかりのモニュメント

戦艦陸奥の41センチ主砲やプロペラの実物は圧巻です。写真を撮り忘れていたのが悔やまれます。

入館してすぐに1/10大和がお出迎え

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お目当の1/10大和はミュージアム入場してすぐにご対面。

写真でご覧の通り、人との対比でどれだけ巨大なのかが理解いただけるはず。艦上戦闘機や、木製甲板の工作もその分野の匠が持てる技術を駆使して再現しているため、巨大サイズによる間延び感はありません。

男性の見学者が興奮気味に写真を撮り、奥さんらしき人たちが生暖かい目で見守っていました。多分我が家もそうだったと思います。

こんな戦艦が70年前に海に浮かんでいたことがロマンですね。次の活躍は2199年。ガミラス軍侵略までもう暫く海の中で眠っていてください。

呉の歴史と日本の工業史

呉は日本の近代化に伴い、海軍力増強のため安全で防御力の高い軍港に適切な土地であるとして鎮守府に選ばれました。最盛期には40万人の人口を有する大工業都市として発展して、経済は呉からと言われるまでになったようです。

戦艦大和は生産システムも最先端だった

大和ミュージアムで何より驚いたのは、戦艦大和が産みだした生産方式やシステムは、今の日本のものづくりの基盤となっていること。

トヨタ生産方式で有名なジャストインタイムや、製造工程のブロック化がすでに70年前に完成していたとは思ってもいませんでした。国家機密も手伝って、設計もブロック制で誰一人その全容を知る人はいなかったとか。機密保持も徹底されており、入場の際は機密保持に関する書類にサインをさせられていたとのこと。

生産のシステム化、工程の進捗を確認するルール、ジャストインタイムの生産工程。みんなが遵守してこそ達成しうる生産方式。日本男児は見事な国畜だったことの証左です。私たちの社畜精神は戦前から受け継がれていたのですね(白目)

戦後の経済発展を支えた造船技術

日本の戦後経済の発展は造船業なしには語れません。大和を建造時に編み出した工法や大型船舶建造技術が、戦後のタンカー建造にフィードバックされました。戦後わずか11年で大型船舶を次々建造できるようになったのは驚異的といえます。

結局大和は大した戦果もあげずに2199年の旅立ちに備えて眠りにつきましたが、大和を生み出した造船技術は、造船国家として躍進する基礎となってくれたのです。

まとめ

1/10大和が有名ですが、展示物や資料もクオリティの高い大和ミュージアム。近代日本の歴史を学ぶ意味も含めて、1度は訪れたいところですね。